マイケルはなぜライヴ・イン・ブカレストを公式コンサートとしたのか

マイケル・ジャクソンがなぜルーマニアの首都ブカレストをデンジャラスツアーの公式コンサートとして認定したのかについて解説していきます。
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マイケルはなぜライヴ・イン・ブカレストを公式コンサートとしたのか

「ブカレスト」という名前を聞くと、マイケル・ジャクソンが1992年に開催したデンジャラスツアー(※1)の公式コンサートの公演都市を思い浮かべる人も少なくないのではないかと思います。

しかしながら、数あるデンジャラスツアーの公演都市の中からなぜマイケル・ジャクソンがルーマニアの首都ブカレストを選定し、公式コンサートの「Live in Bucharest : The Dangerous Tour」として認定したのか、いまとなってはそれを知る人は少ないと思います。

そのような中、マイケル・ジャクソン没後10年の特集でTBS「一番だけが知っている」(※2)へ情報提供するにあたり私がもっとも重視していたことは「歴史」でした。

そこで今回は「ライヴ・イン・ブカレスト」にスポットを当て、マイケル・ジャクソンがなぜルーマニアの首都ブカレストをデンジャラスツアーの公式コンサートとして認定したのかについて詳しく解説していきたいと思います。

※1:マイケル・ジャクソンがソロとしてはじめてのワールドツアーのバッドツアー(1987年)を開催してから5年後に新たに開催した2回目のワールドツアー。

※2:“その道のNo.1”から「1番だけが知っている」という、とっておきの物語や驚愕の人物の類いまれなエピソードを紹介する番組。マイケル・ジャクソン没後10年の特集では「芸能界で1番マイケル・ジャクソンに詳しい東山紀之が魂震えた、マイケルのパフォーマンスベスト3!」と題して放送。放送日:2019年6月24日。

ブカレストを「公式」認定した背景とは

マイケル・ジャクソンがなぜルーマニアの首都ブカレストを公式コンサートとして認定したのかについて理解するためには、マイケルがなぜデンジャラスツアーを開催するにいたったのかについての背景を理解する必要があります。

Heal The World Foundation

マイケル・ジャクソンがなぜデンジャラスツアーを開催するにいたったのか、それはワールドツアーで得た収益によって「Heal The World Foundation」を設立するためです。

「Heal The World Foundation」のミッションは、そのテーマソングであるHeal The World(※3)の歌詞にあるように「世界を癒やしてもっと素晴らしい場所とすること」であり、その第一歩として掲げていたことは「未来を担う子供たちを救うこと」でした。

当時のルーマニアは、およそ25年間続いた独裁政権から1989年におこったルーマニア革命によって独裁政権が崩壊し、革命から3年が経過した1992年においても多くの恵まれない子供たちの貧困が問題となっていました。

このことを重く受け止めたマイケル・ジャクソンは、ブカレストの地で「Heal The World Foundation」を正式に立ち上げると宣言します。

このような背景からマイケル・ジャクソンは、この国で多くの恵まれない子供たちが貧困で苦しんでいるということを世界中に伝えようとするために「ライヴ・イン・ブカレスト」を世界配信用の公式コンサートとして認定したのでした。

※3:1991年にリリースされたアルバム「Dangerous」の7曲目に収められている楽曲。

伝説の「2分2秒のフリーズ」

一方、ルーマニア国内では、激動の国内情勢の中で疲弊していながらも独裁政権時代では決して見ることのできなかった本物のスーパースターが初めてアメリカからやってくるということでチケットは完売、会場となった国立競技場にはおよそ9万人の観客が集まり、マイケル・ジャクソンの登場をいまかいまかと待ち望んでいました。

多くのファンは入場できず、国立競技場周辺にはおよそ50万人の人々が押し寄せ、ルーマニア政府は秩序を維持するために軍を派遣し、また、公演運営側は2千人の医療チームを待機させていました。

そして満を持して、迫力の特殊火薬の演出と共にステージ上へ登場したマイケル・ジャクソンは、その後微動だにしない「2分2秒のフリーズ」のパフォーマンスによって9万人の観客の心を一気につかむことに成功するのでした。

斬新な切り口で描かれた「2分2秒のフリーズ」

今回のマイケル・ジャクソン没後10年の特集で特筆すべきは、TBS「一番だけが知っている」がこれまでにない斬新な切り口から「2分2秒のフリーズ」を描いている点です。

それは、従来のような「デンジャラスツアーのオープニングでマイケル・ジャクソンが動かないパフォーマンスによって観客を圧倒させた時の映像はこれです。」という表面的な描き方ではなく、ブカレスト開催にいたるまでのルーマニアの歴史的背景、そしてマイケル・ジャクソンが一貫してメッセージしてきた「世界平和」や「貧困層救済」の理念を踏まえ、ルーマニアの人々がマイケルをどういう思いで受け入れたのかを「2分2秒のフリーズ」と関連づけて描いた点にあります。

このことにより、ルーマニアの人々がこれまで抱いてきた鬱積(うっせき)した感情、スーパースター「マイケル・ジャクソン」への並々ならぬ思い、そしてライヴパフォーマンス中に多くの失神者が続出したこと、これらすべてをマイケル・ジャクソンの「2分2秒のフリーズ」が象徴する意味と関連づけた「新しい解釈」として提示しました。

没後20年後の未来

あと10年もすると、マイケル・ジャクソンを知らないで育った世代が20代を迎えます。

その時マイケル・ジャクソンは彼らにとってどのように理解されているのかは、私たちリアルタイム世代がこの10年でどれだけマイケルのことを次世代へ語り継いだのかによって未来は変わってくることでしょう。

そういう意味で、マイケル・ジャクソン没後10年の節目にTBS「一番だけが知っている」がマイケルのパフォーマンスの凄さを歴史的価値の観点から取り上げると共に、歴史に埋もれそうになっていたエピソードの紹介や、数々の疑惑に対する見解などバランスの取れた内容で特集を組んだことは非常に意味がありました。

また、マイケル・ジャクソンの代名詞となっているムーンウォーク(バックスライド)初披露のパートにおいても、「1983年にモータウン25(※4)でマイケルが初めてムーンウォーク(バックスライド)を披露した時の映像はこれです。」というようなありきたりな描き方ではなく、マイケルがムーンウォーク(バックスライド)を披露するにいたるまでの背景がわかるエピソードを盛り込むことによって、マイケルがあの日あの場所でムーンウォーク(バックスライド)を初めて披露した歴史的価値の意味がファン以外の人でも理解できる「奇跡の4秒間」として描いたことは特筆に値します。

そして当番組が「2分2秒のフリーズ」として描いたマイケル・ジャクソンのライヴ・イン・ブカレストの伝説のオープニングは、間違いなく次世代へ語り継ぎたいエピソードです。

※4:マイケル・ジャクソンがジャクソン5時代に所属していたレコードレーベル「モータウン」の設立25周年を記念して開催された音楽の祭典。そのハイライトは1983年5月16日に全米でTV放送された。祭典の正式名称は「Motown25: Yesterday, Today, Forever」(モータウン25:昨日、今日、そして永遠に)。

それではまた次のコンテンツでお会いしましょう。

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