ムーンウォークのやり方|マイケルがもっとも力を入れていた表現とは

ムーンウォーク(バックスライド)のしくみから表現のポイントまでを全10回にわたり解説していくシリーズの第10回目(最終回)です。
ムーンウォーク講座|10のステップで上達するバックスライドのやり方
ムーンウォーク(バックスライド)のしくみから表現のポイントまでを全10回シリーズで解説します。
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ムーンウォークのやり方|マイケルがもっとも力を入れていた表現とは

Billie Jeanの間奏の部分でマイケル・ジャクソンが表現する「ムーンウォーク」は、当時ストリートダンサーの間で流行りつつあった、かかとからつま先にかけて後方へ交互にスライドしながら移動していく「バックスライド」にインスピレーションを受けてできた表現です。

そのため、バックスライドもマイケル・ジャクソンの「ムーンウォーク」も名称が違うだけで双方に違いはないように思う人もいると思います。

しかしマイケル・ジャクソンは、かかとからつま先にかけて後方へ交互にスライドしながら移動していくこの表現の事を決して「バックスライド」とは呼ばず、自身の掲げた標語の「ムーンウォーク」として呼ぶ事にこだわりを持っていました。

バックスライドとマイケル・ジャクソンの「ムーンウォーク」の違いは、バックスライドが「足元に限定した表現」であるのに対し、マイケルの「ムーンウォーク」は足元だけではなく身体全体を一つの「表現」としているところに違いがあります。

しかしながらほとんどの人は、マイケル・ジャクソンがムーンウォーク(バックスライド)を演じている時にマイケルの「足元」、すなわちマイケルがかかとからつま先にかけて後方へ交互にスライドしながら移動していく「足の移動の動き」を見ています。

そのため、マイケル・ジャクソンがこの演出の中でもっとも力を入れ、そしてオーディエンスへもっともみせたかった「ムーンウォーク」を「足元に限定した表現」として見ている人はいても「ムーンウォークの表現」として見ている人はほとんどいない事でしょう。

そこでシリーズ最終回となる今回はマイケル・ジャクソンの「ムーンウォークの表現」にスポットを当て、マイケルがムーンウォークを表現する上でもっとも力を入れていた「視覚効果」とは何かについて詳しく解説していきたいと思います。

「表現コンセプト」と「視覚効果」

マイケル・ジャクソンの「ムーンウォーク」の「表現コンセプト」と「視覚効果」とはどのようなものなのでしょうか。

「表現コンセプト」とは

「表現コンセプト」とは、たとえばバックスライドとマイケル・ジャクソンの「ムーンウォーク」の違いが、前者が「足元に限定した表現」であるのに対し、後者が足元だけではなく身体全体を一つの「表現」としているところに違いがあるように、「表現そのものを決定づける骨格となる思想」の事です。

1988年に出版された自伝「ムーンウォーク」(※1)でマイケル・ジャクソンは、1983年のモータウン25(※2)でのムーンウォーク(バックスライド)初披露のために事前に考えていた事として、Billie Jeanの間奏の部分で月の上を歩いているかのように後ろと前へ同時に歩いてみる事だったと語っています。

つまりマイケル・ジャクソンは、月の上を歩いているかのように後ろと前へ同時に歩いていくマイケルバージョンのバックスライド、すなわち「前に進んでいるようで後ろへ進んでいくバックスライド」を自身の掲げる「ムーンウォーク」の表現コンセプトとしています。

※1:マイケル・ジャクソン著、田中康夫訳、河出書房新社、2009年。

※2:マイケル・ジャクソンがジャクソン5時代に所属していたレコードレーベル「モータウン」の設立25周年を記念して開催された音楽の祭典。そのハイライトは1983年5月16日に全米でTV放送された。祭典の正式名称は「Motown25: Yesterday, Today, Forever」(モータウン25:昨日、今日、そして永遠に)。

「視覚効果」とは

「視覚効果」とは、「言葉で定義した表現コンセプトを表現者の解釈によって具体的にダンスへと可視化した表現」の事です。

たとえばBillie Jeanの間奏の部分でマイケル・ジャクソンがもっとも力を入れていた「ムーンウォークの表現」の場合、月の上を前に進んでいるようで後ろへ進んでいくバックスライドをおこないながら宇宙の彼方へ消えていくように演じてみせるのが「表現コンセプト」で、この「表現コンセプト」をマイケルの解釈によって具体的にダンスへと可視化した表現としているのが「視覚効果」です。

これを踏まえ、この「表現コンセプト」をマイケル・ジャクソンの解釈によって具体的にダンスへと可視化した表現とするためにマイケルが採用している「視覚効果」とはどのような表現なのでしょうか。

それは「軌跡の表現」です。

軌跡の表現

ここからは、マイケル・ジャクソンが月の上を前に進んでいるようで後ろへ進んでいくバックスライドをおこないながら宇宙の彼方へ消えていくように演じてみせる表現の中で、「軌跡の表現」を視覚効果としてどのように表現しているのかについて解説していきます。

「軌跡の表現」とは

マイケル・ジャクソンの「軌跡の表現」は次の4つの要素で構成されています。

1. 頭のライン

2. 首の動き

3. バックスライドスピード

4. つま先を立てる角度

1. 頭のライン

1つ目の要素は「頭のライン」です。

マイケル・ジャクソンはムーンウォーク(バックスライド)で後方へ移動する際に、かならず頭のラインを一定に維持しながら移動しています。

この表現はマイケル・ジャクソンがムーンウォーク(バックスライド)を初披露した1983年のモータウン25の時から一貫しておこなっている表現です。

2. 首の動き

2つ目の要素は「首の動き」です。

モータウン25のあと、ムーンウォーク(バックスライド)がマイケル・ジャクソンによって改良を重ねながら進化していった中で、「頭のライン」の表現と連動しておこなうようになった表現が「首の動き」の表現です。

具体的には、ムーンウォーク(バックスライド)で後方へ移動する際に、頭のラインを一定に維持しながら首を前に出して後ろへ戻す事で表現します。

この表現が顕著にあらわれるようになったのは1987年のバッドツアー(※3)からでした。

※3:マイケル・ジャクソンにとってソロとしてはじめてのワールドツアー。

マイケルはなぜ「頭のライン」と「首の動き」を連動して表現するのか

それではマイケル・ジャクソンはなぜ「頭のライン」と「首の動き」を連動して表現するようになったのでしょうか。

それは「軌跡の表現」の視覚効果として、「残像と流線」の「残像」を表現するためです。

この「残像と流線」の表現は、おもにアニメーションや漫画の世界で「移動」を可視化するための視覚効果として使われており、現実世界ではそのまま可視化できない表現ですが、このうちマイケル・ジャクソンの「残像」の表現は、パントマイムの「首の動き」の表現を応用する事によって表現しています。

マイケル・ジャクソンの「首の動き」の表現は、ムーンウォーク(バックスライド)の序盤で頭だけをもとの位置に残しておくように首を前に出し、ムーンウォーク(バックスライド)の終盤に入ったところで前方に残しておいた頭を身体に引き寄せるように首を後ろへ戻す事によって表現する動作を原則とします。

また、ムーンウォーク(バックスライド)の歩数が多く、後方へ移動する距離が長くなる時は、ムーンウォーク(バックスライド)の途中でこの「首を前に出して後ろへ戻す表現」を繰り返し、最終的には終盤に入ったところで首を後ろへ戻す事もあります。

つまりマイケル・ジャクソンは「頭のライン」を一定に維持しながらムーンウォーク(バックスライド)の序盤で首を前に出す、すなわち頭を残し身体だけが先行して後方へ移動する、そして終盤に入ったところで首を後ろに戻す、すなわち残していた頭を身体に引き寄せるように首を後ろへ戻す動作によってバックスライドで後方へ移動していく様子を「残像」として演じてみせているのです。

3. バックスライドスピード

3つ目の要素は「バックスライドスピード」です。

これは「軌跡の表現」の視覚効果として、「残像と流線」の「流線」を表現するための要素です。

マイケル・ジャクソンのムーンウォークの「バックスライドスピード」は、次の3つの時期を経て完成しました。

第1期:モータウン25 (1983年)

第2期:ヴィクトリーツアーからデンジャラスツアー (1984年〜1992年)

第3期:ヒストリーツアー (1996年)

第1期:モータウン25

マイケル・ジャクソンのムーンウォーク(バックスライド)の歴史は、1983年に初披露したモータウン25が起点です。

このモータウン25の時の「バックスライドスピード」は「ゆっくりとした速度のバックスライドの演出」となっています。

第2期:ヴィクトリーツアーからデンジャラスツアー

モータウン25の翌年のジャクソンズヴィクトリーツアー(1984年)でマイケル・ジャクソンは、モータウン25よりも「スピードの速いバックスライドの演出」によるムーンウォークへと変更します。

この演出はソロとしてはじめてのワールドツアーのバッドツアー(1987年)でも引き継がれていく事となります。

そして2回目のワールドツアーのデンジャラスツアー(1992年)で、この「スピードの速いバックスライドの演出」によるムーンウォークは一つの完成形に到達します。

第3期:ヒストリーツアー

最後のワールドツアーのヒストリーツアー(1996年)は、マイケル・ジャクソンが自身のムーンウォーク(バックスライド)の表現コンセプトである「月の上を歩いているかのように後ろと前へ同時に歩いていくムーンウォーク」、すなわち「前に進んでいるようで後ろへ進んでいくバックスライド」を完成した時期です。

この「ムーンウォーク」を完成したヒストリーツアーでマイケル・ジャクソンの「バックスライドスピード」は、1984年のジャクソンズヴィクトリーツアー以降採用してきた「スピードの速いバックスライドの演出」から1983年のモータウン25の「ゆっくりとした速度のバックスライドの演出」へと原点回帰しています。

マイケルはなぜ「ゆっくりとした速度のバックスライドの演出」へと戻したのか

このマイケル・ジャクソンの「バックスライドスピード」の変遷で注目したい事は、マイケルが最終的に「スピードの速いバックスライドの演出」からあえて「ゆっくりとした速度のバックスライドの演出」へと戻した事です。

「残像と流線」の「流線」を表現するのであれば「スピードの速いバックスライドの演出」のままでもよかったはずですが、マイケル・ジャクソンがあえて「ゆっくりとした速度のバックスライドの演出」へと戻した真意とは何だったのでしょうか。

それはマイケル・ジャクソンがイメージとして描いていた「月の上を歩いているかのように後ろと前へ同時に歩いていくムーンウォーク」を「よりリアルな表現」としたかったからです。

現代の宇宙科学では月の重力は地球の1/6とされています。

これは何を意味するのかというと、理論上、地球と同じ速度のバックスライドをどんなに試みても、月では地球と同じ速度のバックスライドはできない、すなわち、月ではゆっくりとした動作となる、という事を意味します。

そのためマイケル・ジャクソンがイメージとして描いていた「月の上を歩いているかのように後ろと前へ同時に歩いていくムーンウォーク」を「よりリアルな表現」とするためには、「ゆっくりとした速度のバックスライドの演出」とする方が適切であると言えます。

つまりマイケル・ジャクソンは「スピードの速いバックスライドの演出」から、「ゆっくりとした速度のバックスライドの演出」へ戻す事によって「よりリアルな表現」とした上で、地球の重力の1/6の月面空間を一定速度でバックスライドしながら移動していく様子を「流線」として演じてみせているのです。

参考:私の場合

参考までに私の場合、「ゆっくりとした速度のバックスライドの演出」と「スピードの速いバックスライドの演出」の両方を採用しています。

例1. ゆっくりとした速度のバックスライド

次の動画では「ゆっくりとした速度のバックスライドの演出」を採用して表現しています。

例2. スピードの速いバックスライド

次の動画では「スピードの速いバックスライドの演出」を採用して表現しています。

4. つま先を立てる角度

4つ目の要素は「つま先を立てる角度」です。

「つま先を立てる角度」の使い方には、表現者によっておもに次のAとBの2つのタイプがあります。

A. 「つま先の角度固定」タイプ

B. 「つま先の2段角度」タイプ

A. 「つま先の角度固定」タイプ

1つ目は「つま先の角度固定」タイプです。

このタイプは、「つま先を立てた方の足」の「つま先を立てる角度」を自分の可動範囲の半分以上の高さまで上げて固定し、その状態から「つま先を立てていない方の足」をバックスライドします。

B. 「つま先の2段角度」タイプ

2つ目は「つま先の2段角度」タイプです。

このタイプは、「つま先を立てた方の足」の「つま先を立てる角度」を自分の可動範囲の半分まで上げ、「つま先を立てていない方の足」をバックスライドしている時に「つま先を立てる角度」をさらに最高角度の90°近くまで上げます。

マイケルはどのタイプを採用しているのか

これを踏まえ、マイケル・ジャクソンはどのタイプを採用しているのかというと、「AとBの両方のタイプ」です。

具体的には、左足をAの「つま先の角度固定」タイプ、右足をBの「つま先の2段角度」タイプというように、「つま先を立てる角度」の使い方を左右別々に表現しています。

マイケルはなぜ左右別々に表現しているのか

それではマイケル・ジャクソンはなぜ「つま先を立てる角度」の使い方を左右別々に表現しているのでしょうか。

それは「軌跡の表現」の視覚効果として、「月の上を歩いているかのように後ろと前へ同時に歩いていくムーンウォーク」を表現するためです。

前述のようにマイケル・ジャクソンは、かかとからつま先にかけて後方へ交互にスライドしながら移動していく「バックスライド」を、月の上を歩いているかのように後ろと前へ同時に歩いていく「ムーンウォーク」であると「解釈」しました。

つまりマイケル・ジャクソンが自身の「ムーンウォーク」の表現で実現したかった事は、後ろに進む表現だけではなく「後ろと前へ同時に歩いていく」、すなわち「前に進んでいるようで後ろに進んでいくバックスライド」を求めていた事です。

そしてこの「前に進んでいるようで後ろに進んでいくバックスライド」を実現するためにマイケル・ジャクソンが実践している表現が、「つま先を立てる角度」の使い方を左右別々に表現する、という表現です。

つまりマイケル・ジャクソンは、視覚効果として「月の上を歩いているかのように後ろと前へ同時に歩いていくムーンウォーク」を表現するために、左足を「つま先の角度固定」タイプ、右足を「つま先の2段角度」タイプとする事で、左足は「後ろに進んでいく表現」、右足は「前に進んでいるようで後ろに進んでいく表現」と、それぞれの役割を使い分けて表現しているのです。

参考:私の場合

参考までに私の場合、「つま先を立てる角度」の使い方は、両足へ「つま先の角度固定」タイプを採用しています。

バックスライド時に「つま先を立てた方の足」の「つま先を立てる角度」を自分の可動範囲の半分以上の高さまで上げて固定し、その状態から「つま先を立てていない方の足」をバックスライドしている時もそれ以上角度を上げずに固定するという使い方です。

この「つま先の角度の固定」タイプを採用している理由は、私の表現するバックスライドの「表現コンセプト」を視覚効果として表現しているからです。

その「表現コンセプト」とは、「メカニカルに後方へ進んでいくバックスライド」です。

「つま先の角度の固定」は、バックスライドのタイムラインに沿ってリアルタイムで後方へ移動していく動きの中で「唯一動きを止める箇所」であり、動と静の制御のコントラストを意識的におこなう事で「メカニカルに後方へ進んでいくバックスライド」を表現しています。

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マイケルのムーンウォークから学ぶべき事

以上が「ムーンウォークの表現」についての解説でした。

また、今回がマイケル・ジャクソンのムーンウォーク(バックスライド)のしくみから表現のポイントまでを全10回にわたり解説してきたシリーズの最終回となります。

一番重要な事とは

バックスライドを習得する上で一番重要な事とは、マイケル・ジャクソンのムーンウォーク(バックスライド)から学ぶべき方向性を見誤らない事です。

まわりを見わたすと、バックスライドを教える側、それを習う側をはじめ、バックスライドを表現する側、それを見るオーディエンス側のほとんどの人が、マイケル・ジャクソンのムーンウォーク(バックスライド)を型に落とし込んだ「ハウツー」やマイケルのムーンウォーク(バックスライド)をそのままトレースした「完全コピー」で満足してしまっていて、そこから何もクリエイティブな展開がないままとなっているのがムーンウォーク(バックスライド)をめぐる「いま」の状況です。

私たちが学ぶべき事とは

マイケル・ジャクソンのムーンウォーク(バックスライド)から私たちが学ぶべき事とは、クリエイティブにおける「既存の表現を解釈する考え方」、「オリジナリティーを提示する考え方」、「新しい価値観を創り出す考え方」などを通して、マイケルのムーンウォーク(バックスライド)からクリエイティブの「本質」を見極め、自分の表現としてつかみ取る事にあります。

なぜなら私たちがバックスライドを表現する上で取り組むべき「本当の課題」とは、マイケル・ジャクソンのムーンウォーク(バックスライド)の「クリエイティブの本質」について学び取り、「自分の表現としてのバックスライド」を提示する事によってマイケルのムーンウォーク(バックスライド)を乗り越え、独創的に新しく展開していく事だからです。

バックスライドを表現する上で本当の意味において難しい事とは

これを踏まえ、「バックスライドを表現する上で本当の意味において難しい事」とは、現在ほぼすべての人が共通認識として持っている、マイケル・ジャクソンのムーンウォーク(バックスライド)が「絶対的基準」である、という価値観に対し、どうすればこれまでの価値観を乗り越え、「自分の表現としてのバックスライド」を提示できるか、という事にあります。

そこで次の「ムーンウォークを表現する上で本当の意味において難しい事とは」では、マイケル・ジャクソンのムーンウォーク(バックスライド)を乗り越えるための「一つの答え」について、実例を交えながら詳しく解説しています。

ムーンウォークを表現する上で本当の意味において難しい事とは
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それではまた次のコンテンツでお会いしましょう。

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KAIZOU NINGEN

ダンス研究家。専門はムーンウォークとアニメーションダンス。幼少期にマイケル・ジャクソンのメカニカルな動きを取り入れたダンスに影響を受け、1990年よりダンスの研究を始める。マイケル・ジャクソン没後10年特集番組へ情報提供(TBS「一番だけが知っている」:2019年)。

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